大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和49年(行ケ)144号 判決

原告 大賀株式会社

被告 トリコツトフアブリーケン、ヨツト、シーセル、アクチエンゲゼルシヤフト

主文

特許庁が昭和四九年八月二一日同庁昭和四六年審判第七九四〇号事件についてした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を九〇日とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

被告は、登録第七二三四三一号商標(以下「本件商標」という。)の商標権者である。本件商標は別紙(一)の構成からなり、第一七類被服(運動用特殊被服を除く。)、布製身回品(他の類に属するものを除く。)、寝具類(寝台を除く。)を指定商品として、昭和三九年一〇月一〇日登録出願され、昭和四一年一〇月二〇日設定登録がなされたものである。

原告は、被告を被請求人として昭和四六年一〇月一三日本件商標の登録無効審判を請求した(昭和四六年審判第七九四〇号)。特許庁はこれに対し昭和四九年八月二一日「請求人の申し立ては成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」旨の審決をし、その謄本は同年九月二四日原告に送達された。

二  審決理由の要点

本件商標の構成は、別紙(一)記載のとおり、「SCHIESSER」(頭文字のSの文字を他の文字に比し大きく、下端湾曲部をやや図案化してある)の欧文字を横書きしてなり、その指定商品、登録出願および登録年月日は前項掲記のとおりである。

これに対し、別紙(二)の構成からなる登録第五一九〇三七号商標(以下「引用商標」という。)は、盾様輪廓内の上部にナイトの頭部側面を線書きし、その下部に「CAESAR」の文字を僅に孤状に横書きし、これを囲むように下部より上方に向つて一対の月桂樹の図形を盾様輪廓に沿つて配してなり、旧第三六類被服、手巾、釦紐および装身用「ピン」の類を指定商品として、昭和三二年六月六日の登録出願にかかり、昭和三三年四月二四日にその登録がなされたものである。

本件商標と引用商標の構成は前記のとおりであるから、外観上は互に区別しうる差異があるものといえる。

本件商標と引用商標とを称呼について比較すると、本件商標から「シーサー」の称呼が生ずること、および、引用商標から「シーサー」の称呼を生ずることは、それぞれ、その構成に徴し明かである。そして、両者は、いずれも長音を伴なう二音構成であつて、第一音「シー」を同じくし、第二音において「サー」と「ザー」を異にするものであるが、二音がいずれも長音を伴うとはいえ比較的短い称呼である点および両者を一連に称呼した場合、前者は全体として滑らかな音感であるのに対し、後者は「ザー」の部分に力が入つて、聴感自ら相違し、両者間の清音と濁音とが相違する点は、観念上の差異と相俟つて、称呼上明瞭に区別され得るものとするのが相当である。

また観念の点についてみると、本件商標が特定の語意を有しない創造語であると認められるのに対し、引用商標は紀元前のローマの武将、政治家として広く親しまれたものである以上、観念の点においても明かに区別することができる。

このようなわけで、本件商標と引用商標とは外観、称呼観念のいずれの点においても非類似の商標であるといわざるを得ず、したがつて、本件商標は商標法第四条第一項第一一号の規定に違反して登録されたものではなく、同法第四六条第一項第一号の規定によつてその登録を無効とすべきでない。

三  審決を取消すべき事由

本件商標から生ずる「シーサー」の称呼と引用商標から生ずる「シーザー」の称呼とは、(1)両者とも二音より構成され、そのいずれもが長音であること(2)聴者に最も強い印象を与える第一音の「シ」を共通にしていること(3)第二音においても「サ」と「ザ」というように清音と濁音との微差にすぎないこと(4)両者とも第一音の「シ」にアクセントがあることの諸点からみて取引上混同を生ずるほど紛わしい。特に、第二音の「サ」と「ザ」が清音と濁音との微差にすぎないということは、両商標の類似すなわち取引上の混同を決定的にするものである。二つの商標が一音のみ相違し、その相違が清音と濁音の差にすぎないとき両者が類似しているとみることは、取引の経験則が示すところである。そして、その清音が摩擦音である場合は、特に類似となる傾向が著しい。本件商標のように「サ」という摩擦音を有するときは、称呼する者が「シーサー」と発音したつもりであつても、これを聴く者には「シーザー」と濁つた音声で聴感する場合が少くない。

また、審決は、引用商標より生ずる観念がローマの武将であり政治家であつたシーザーとして広く親しまれているのに対し、本件商標には特定の語意がないところから両商標が観念上非類似のものであり、この観念上の差異が聴感の相違と相まつて、本件商標と引用商標とを明瞭に聴別しうるという。しかし、このようなことは両商標ともに日本人に親しまれている観念が存在するときに妥当しうるのであり、本件商標のように特定の観念を有せず、しかも、引用商標が世人に親しまれているときは、かえつて出所の混同という現象が生ずるものである。引用商標にはローマの武将、政治家として有名なシーザーの観念があるため、引用商標を広告で聴いた需要者の記憶の中には常に「シーザー」の印象が残つているから、本件商標が称呼されるのを聴いた需要者は絶えず頭の中にある「シーザー」を容易に想起し、その結果、本件商標を附した商品は引用商標と何らかの関係を有するメーカーが生産したものか、あるいは、引用商標を附した商品のメーカーと同一のメーカーが製造したものと誤認し、混同しその商品を購入することとなる。このようなわけであるから、本件商標と引用商標とは称呼上明かに類似の商標というべきである。

このように、本件商標と引用商標とは、称呼上、類似しているのに拘らず、これを否定した審決は取引の経験則を無視し、判断を誤まつたものであつて、審決は取消されるべきものである。

第三被告の答弁

一  原告主張の請求原因事実のうち、特許庁における手続の経緯、本件商標および引用商標の構成、審決理由の要点が原告主張のとおりであることは認める。

二  審決を取消すべき事由については争う。

本件商標および引用商標は、いずれも長音を伴う二音構成である。一般に、このような僅か二音節から成る極めて短い語を発音する場合は、各音節の冒頭の部分にアクセントを置いて発音するものであることは経験則上明らかである。本件商標の称呼である「シーサー」の発音は、審決のいうようにこれを一連に称呼した場合、全体として滑らかな音感であるが、これを仔細に検討すると、各音節の冒頭の部分である「シ」と「サ」とにアクセントが置かれている。これに対し、「シーザー」では同じく「シ」と「ザ」とにアクセントが置かれて発音されるのであるが、この場合「ザ」の性質上、第二音節のこの冒頭部分に特に力を入れて発音される傾向がある。このことは、導入外国語を発音する場合、日本人は一般に原語のアクセントのとおりに発音せず、日本流のアクセントで発音する傾向があることに照らしても明らかである。よつて、「シーサー」と「シーザー」とは、「サー」と「ザー」との清濁の相違であるが、僅かに二音節から成るような極めて短い語において、第二音節の冒頭の「サ」および「ザ」の音にアクセントが置かれて発音されるのであるから、両者は称呼上到底類似するものとはいえない。したがつて、原告のいうように、「シーサー」と「シーザー」との称呼上の相違は、「サ」と「ザ」との清音と濁音との微差にすぎないとすることはできない。

原告は、「サ」の摩擦音は、聴者に「ザ」と響く場合が極めて多いという。

もし、原告のいうように、「サ」と「ザ」との混同が極めて多いとするならば、「シーサー」と「シーザー」以外の次のような語

アサ(朝、麻)とアザ(痣、字)、ゴサ(誤差)とゴザ(蓙)コウサイ(交際)とコウザイ(鋼材)、カクサ(格差)とカクザ(擱坐)、コウサ(交叉)とコウザ(高座)、タイサ(大差)とタイザ(対座)、エンサン(塩酸)とエンザン(演算)、ケイサイ(掲載)とケイザイ(経済)、ゲンサイ(減殺)とゲンザイ(現在)、タンサク(探索)とタンザク(短冊)その他数多くの語が混同を生ずることになる筈であるが、実際には原告のいう混同は生じていない。

要するに、本件商標の「シーサー」と引用商標の「シーザー」とは称呼上も類似するものではない。

第四証拠〈省略〉

理由

一  原告主張の請求原因事実のうち、特許庁における手続の経緯、本件商標および引用商標の構成、審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告の主張する審決の取消事由について検討する。

当事者間に争いがない本件商標と引用商標の構成によれば、本件商標からは「シーサー」の称呼を生じ、引用商標からは「シーザー」の称呼を生ずることは明らかである。

この両称呼を対比すると、両者とも二音より構成され、そのいずれもが長音であること、両者は第一音「シー」を同じくし、第二音の「サー」と「ザー」とを異にすること、両者とも第一音の「シ」にアクセントがあり、この音が聴者に強い印象を与えること、第二音も「サ」と「ザ」という清音と濁音の違いにすぎないことが認められる。

被告は、このように二音節からなる極めて短い語を発音する場合は、各音節の冒頭の部分にアクセントを置いて発音する旨主張するが、常に必ずしもそうであるということはできない(たとえば、イージー、エーカー、オーダー、オーナー、ガーターなどの語についてみても、アクセントは第一音にあつて、第二音にはない。日本放送協会編日本語アクセント辞典三九ページ、一〇二ページ、一一六ページ、一一七ページ、一五〇ページ参照)。また、「シーザー」については「ザ」の冒頭部分に特に力を入れて発音される傾向がある旨主張するが、そのような事実は認め難い(前同書三九四ページ参照)。

ところで、迅速な取引活動が要求される取引場裡においては、一般に、取引者、需要者が商標の称呼について常に必ずしも冷静に注意深く発音しかつ聴取するとは限らないことは、経験則に照らして明らかである。したがつて、本件商標と引用商標の称呼の差異が前記のような点にあるにすぎない場合には、両者の称呼は極めてまぎれるおそれがあり、これがため商品の出所につき混同を生ずるおそれがあると考えるのが相当である。

被告は、「サ」と「ザ」との相違が必ずしも称呼の混同を生ずるものではないとして数多くの語句を挙げるが、称呼の類否はすでに述べたように音節の数、アクセントの位置などによつても左右されるものであるから、被告の挙示した事例から本件商標と引用商標との称呼の類否を決するのは相当ではない。

なお、引用商標よりはローマの武将であり政治家であつたシーザーの観念を生ずるとしても、本件商標からは何ら特定の観念を生ずるものではないから、このような場合には、両商標の称呼がまぎらわしい以上、むしろ、本件商標を称呼することにより誤つてローマのシーザーの観念を生ずることはあつても、両商標が観念上の差異と相まつて称呼上明瞭に区別されるということにはならないであろう。もつとも、仮りに、本件商標が「シーサー」の称呼で取引者、需要者間に極めて著名な商標として指定商品について取引されているような場合には、取引者、需要者は本件商標を称呼しても引用商標とその商品の出所の混同を生ずるおそれのない場合もありえよう。しかし、本件商標がそのように極めて著名な商標であるとは審決も認定しておらず、またそのように認めるに足りる証拠もない。

してみれば、本件商標と引用商標とはその称呼において互に類似するものといわなければならない。

三  以上の次第であるから、これと異なる判断をした本件審決は違法であつて取消を免れない。よつて、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は正当であるから認容し、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第一五八条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 古関敏正 杉本良吉 宇野栄一郎)

別紙(一)

別紙(二)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例